The Journey : Somewhere Down the Road - 200610

内村ルツ子の昇天〜愛する者との別れの情景

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    内村ルツ子は、無教会主義で知られる、日本を代表するキリスト教思想家内村鑑三の愛娘であった。
    その名は旧約聖書『ルツ記』の主人公、信仰深いモアブ人の女性ルツからとられた。
    彼女は両親の愛を一身に受けて育つ。内村曰く「ルツ子にとり全人類はただ二階級に分かれていた。すなわち好きな人と嫌いな人の二つの階級である。彼女は男らしき男と女らしき女を愛し、女らしき男と男らしき女とが大嫌いであった。特に女らしき男に対しては表現することばのないほどに嫌った。」というように、強気なまでに真っ直ぐな人であったのだろう。
    しかし明治四十四年に実践女学院卒業後内村のつくった聖書研究社の事務員として働き出してまもなく、原因不明の病に倒れる。高熱が続いて元来あまり頑丈でなかった彼女の体は、そのために衰弱し、必死の看病と切なる祈りにもかかわらず、十二月四日に医師から死を宣告される。
    その臨終について、内村は記す。





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   ルツ子は六月以来の病苦により無邪気なる一少女から信仰の篤い婦人となった。
    病は彼女の肉を滅ぼし霊を救った。ことに医師よりの宣告の下った後の彼女は、信仰的に立派で神とキリストの名を聞いて彼女の眼は涙に浸された。
    彼女は自分の罪を悔いこれを神の前に言いあらわして、その赦しを得た。
    彼女の心には今や誰に対しても怨恨はなかった。
    病床にあって瞑目し感謝してからでなくては食事もせず薬も飲まなかった。臨終の三時間前に彼女は、両親と共に聖餐式にあずかった。彼女の細くなった手に杯をとり、キリストの血を飲み終わると死に瀕した彼女の顔に歓喜の光を表して、あざやかな声で『感謝、感謝』とくり返した。
    ルツ子の脈搏が絶えてからほとんど四十五分、死との大苦闘を続けた後に突然彼女の唇より『もう行きます』ということばが発せられた。少しの苦痛も帯びない、少女らしい自然の声であった。その後十二分で息が絶えた。

    彼女の死顔には口元に微笑が浮かんでいた。
    よって彼女は好い所へ行った事を知るのである。




    明治四十五年一月十二日永眠。数え年十九歳であった。
    告別式の最後、内村は立って謝辞を述べて言った。
「    今日のこの式はルツ子の葬式ではなく、彼女の結婚式であります。」
    地下に棺が納められ、遺族が土をかけることになった。
    内村は一握りの土をつかみ、その手を高く上げ、肝高い声で
「    ルツ子さん万歳!    」 と大声で叫んだ。

    愛嬢の死は内村の思想と信仰に一大転機をもたらした。
「彼女逝きて余の心中に革命あり、この世はただ神の労働園としてのみ価値あり、その他にはさらに価値これ無く候…天国、復活、永世これのみが事実にして問題にこれ有候」
    かくして復活の信仰がかれの中に不動のものとなったのである。

    内村はその墓石に「た会ふ日まで」と刻み、詩に歌う、

「…祈る天上の祝福、望む再会の歓び…」 と。



<所感>
    今回この話を書き記したのは、単純に美しいと感じたからです。
    己の死に臨んで赦しと救いを信じる者、愛する者の死に際して復活と再会を信じる者。
    私は彼らの中にこそ人間のもつ最も美しい光を見ます。


参照資料『人と思想 内村鑑三』関根正雄

kokoro

人の生にこんなにも重みが感ぜられるのは
その生命にこころなるものが
あまりにも発達してそなわってしまったからなのであろう。
―神谷美恵子



 生老病死 五蘊盛苦、怨憎会苦、愛別離苦
こころは苦しむためにあるの?
人は死ぬために生まれてくるの?

私の心が死んでしまいそうなときも
いのちというものが一生懸命に生きようとしている。
私のいのちが死んでしまうとき
私の心はどうなってしまうのだろう。

ある時すべてが生き生きと感じられて
この世の輝きを感じる。
幸せは瞬間の中にある。
幸せの瞬間はこころの中で永遠に生きる。
そうしてこの世は美しいものなのだと知る。
そうしてこの生に感謝する。
そんな、我ながらの喜び。

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いざ鎌倉へ

 いざ鎌倉へ、
拙者、21日土曜日に馳せ参じもうしました☆

京都、奈良にならぶ日本三大古都といわれるだけあって、
落ち着きのある佇まいをしておりました。

<訪問地>
報国禅寺→杉本寺→鶴岡八幡宮→長谷寺→大仏(高徳院)


・報国禅寺の竹の庭
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竹林の静かで涼やかな空気を味わうことができました。
笹のこすれあう音がいりまじる空気。
川端康成が『山の音』と称したるはこのことか…。

★報国禅寺の竹の庭内茶席(休耕庵)にて★
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竹林と小さな滝の音に耳を傾けながら、お抹茶を頂きました。
嗚呼風情かな。



・鎌倉大仏

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幾多の詩人、多くの人々がその言葉で称えたように、
えもいわれぬ威容を誇っていました。

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それでいて質素で温和な佇まいは、
古来の日本の精神を今日に至るまで体現しているようでした。


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<感想>
鎌倉は、我が故郷京都とはまた一味違った、
質素な中にたくましい美しさのある『武士の日本』
を見せてくれるようでした。
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