お遍路さん 〜 南無大師遍照金剛
実は先日、縁あって四国八十八ヵ所巡礼、いわゆるお遍路さんに行ってきました。
道中では讃岐うどん三昧あり、道後温泉あり、金刀比羅宮参拝あり、最後満願のお礼参りにあたっては世界遺産の高野山でお寺に泊まったりと、寄り道も多々あったが、無事全週してきました。
巡礼と言うからには、形だけでもまじめにお参りを果たさねばなりません。各寺には本堂にあわせて、弘法大師様をおまつりする大師堂があり、一カ所で二度勤行することになります。
宗派信条によっていろいろな形式があるみたいだけど、一般的には(そもそも空海様の足跡をたどるわけだから)真言宗にならった勤行形式をとります。
実はもともとお経好き。(暗号のように知的な漢字の羅列をひたすら音読みするあのストイックさがたまりません(>ー<)!)般若心経は楽に暗唱できるという自分にとって、ひたすらお寺を巡りお経を唱える日々は、それなりに”癒し”でありました。笑
他に、本堂では各寺固有の短歌を独特の和音調子で歌い上げる『御詠歌』を詠唱します。何とも言えない、ノスタルジックな和のリズムです。よければこちら様のHPを参照してみてください。
→御詠歌.COM
興味深いのは、今回初めて直に触れた真言の存在です。
これはもういわゆる呪文ですね。
勤行では、光明真言と各寺ご本尊の真言を三回ずつ唱えます。
毎回必ず唱える光明真言はこうです。
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まにはんどま
じんばら はらばりたや うん」
さあ、知的好奇心のある人は声に出して唱えてみてください。笑
光明真言とは、人生における苦悩によって真っ暗闇に落ち込んでしまわれた人々を、その真っ暗闇から脱出させる光明となる真言という意味で、真言の王者、これを唱えるとすべての災いを取り除くというほど絶大な功徳がある(らしい)とてもありがたいお言葉なのです。
これは古代インドのサンスクリット語をそのままひらがな読みするものであり、その意味は
「帰依したてまつる。諸願空しからず。総てを成就せしめ給う遍照尊、大日如来は仏も我も不二と認証する大印を押しわれらに宝珠(財宝)と蓮華(慈悲)と光明(智恵)を与えられた。われらは、この世を浄土に変成しこの身のまま、仏にならん。」 (参照)
もう少し簡単に言うと、「心からお願い致します、宇宙に遍満し常住であられる大日如来よ、その偉大な誓いを示す悟りよ、智慧と慈悲の光明を差し伸べて下さい。是非ともお願い致します。」だそうです。
このサンスクリット語の文字は梵字と呼ばれ、今でも日本仏教では大いに用いられており、特に真言宗をはじめとする密教においてはその教理において、曼荼羅の構築において、また、仏そのものを表現するシンボルとして中心的な役割を担います。
このサンスクリット語が今日まで(史料・原典としてではなく)現役で運用されているのは実はチベットと日本ぐらいなものだそうです。
今回の旅を通しては、日本の仏教文化ってやはり奥が深いんだなあと思い知らされました。
また、道中我々を追うようにして各所で桜が満開となっており、美しい四国の自然を一層華やかに演出していました。
今回実感したけど、日本ってやっぱり山国なんですね。
きれいなもんです。
いろんなお寺があったけど、山中や山頂にあるお寺・霊場には特に不思議と、心洗われるようなオーラのようなものを感じることが多々ありました。
あるところでは、お経を唱えていると、寺の堂内であったのだけど段々とお経の反響が大きくなり、やがて何かに包み囲まれているような感覚におそわれ、動悸がするほどの恐怖感さえ覚えたことがありました。そのときなぜか天井の電球がついたり消えたりしてました。
貧血でもおきたんだろうと笑い飛ばすこともできますが、自分には何かもっと別な、それこそ霊的なものを予感させるに足るような体験でした。
※後日談
これは知覚遮断と単調なリズムのお経を読むことによる一種の宗教的トランス状態に入りつつあったことを意味するのかも知れませんね。
いずれにしても神秘的体験でした。
日本の名跡をめぐり、文化を満喫し、自然を満喫した、大変でもあったけど、意義深く心動かされる、そんな旅でありました。
実はもともとお経好き。(暗号のように知的な漢字の羅列をひたすら音読みするあのストイックさがたまりません(>ー<)!)般若心経は楽に暗唱できるという自分にとって、ひたすらお寺を巡りお経を唱える日々は、それなりに”癒し”でありました。笑
他に、本堂では各寺固有の短歌を独特の和音調子で歌い上げる『御詠歌』を詠唱します。何とも言えない、ノスタルジックな和のリズムです。よければこちら様のHPを参照してみてください。
→御詠歌.COM
興味深いのは、今回初めて直に触れた真言の存在です。
これはもういわゆる呪文ですね。
勤行では、光明真言と各寺ご本尊の真言を三回ずつ唱えます。
毎回必ず唱える光明真言はこうです。
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まにはんどま
じんばら はらばりたや うん」
さあ、知的好奇心のある人は声に出して唱えてみてください。笑
光明真言とは、人生における苦悩によって真っ暗闇に落ち込んでしまわれた人々を、その真っ暗闇から脱出させる光明となる真言という意味で、真言の王者、これを唱えるとすべての災いを取り除くというほど絶大な功徳がある(らしい)とてもありがたいお言葉なのです。
これは古代インドのサンスクリット語をそのままひらがな読みするものであり、その意味は
「帰依したてまつる。諸願空しからず。総てを成就せしめ給う遍照尊、大日如来は仏も我も不二と認証する大印を押しわれらに宝珠(財宝)と蓮華(慈悲)と光明(智恵)を与えられた。われらは、この世を浄土に変成しこの身のまま、仏にならん。」 (参照)
もう少し簡単に言うと、「心からお願い致します、宇宙に遍満し常住であられる大日如来よ、その偉大な誓いを示す悟りよ、智慧と慈悲の光明を差し伸べて下さい。是非ともお願い致します。」だそうです。
このサンスクリット語の文字は梵字と呼ばれ、今でも日本仏教では大いに用いられており、特に真言宗をはじめとする密教においてはその教理において、曼荼羅の構築において、また、仏そのものを表現するシンボルとして中心的な役割を担います。
このサンスクリット語が今日まで(史料・原典としてではなく)現役で運用されているのは実はチベットと日本ぐらいなものだそうです。
今回の旅を通しては、日本の仏教文化ってやはり奥が深いんだなあと思い知らされました。
また、道中我々を追うようにして各所で桜が満開となっており、美しい四国の自然を一層華やかに演出していました。
今回実感したけど、日本ってやっぱり山国なんですね。
きれいなもんです。
いろんなお寺があったけど、山中や山頂にあるお寺・霊場には特に不思議と、心洗われるようなオーラのようなものを感じることが多々ありました。
あるところでは、お経を唱えていると、寺の堂内であったのだけど段々とお経の反響が大きくなり、やがて何かに包み囲まれているような感覚におそわれ、動悸がするほどの恐怖感さえ覚えたことがありました。そのときなぜか天井の電球がついたり消えたりしてました。
貧血でもおきたんだろうと笑い飛ばすこともできますが、自分には何かもっと別な、それこそ霊的なものを予感させるに足るような体験でした。
※後日談
これは知覚遮断と単調なリズムのお経を読むことによる一種の宗教的トランス状態に入りつつあったことを意味するのかも知れませんね。
いずれにしても神秘的体験でした。
日本の名跡をめぐり、文化を満喫し、自然を満喫した、大変でもあったけど、意義深く心動かされる、そんな旅でありました。
アルバム

「願わくは この功徳をもってあまねく一切におよぼし
我らと衆生と 皆ともに仏道を成ぜん。」
・おまけ 〜 般若心経ソング(サンスクリット)
Youtube より拝借。
サンスクリット語の般若心経を歌にしたものだそうです。
お経って、西洋の聖歌のように美しくもなれるんですね。
Youtube より拝借。
サンスクリット語の般若心経を歌にしたものだそうです。
お経って、西洋の聖歌のように美しくもなれるんですね。













